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| ・既存の国語教育への反駁 |
| 日本では戦後、漢字を制限し、歴史的仮名遣いを撤廃。欧米に比し国語授業時間数を極めて減らされ、 その授業内容もまさしくナイヨウのない、無味乾燥な退屈なおきまり授業におさまった。その結果、古来、我が先 達者たちが構築してきた素晴らしい言語―――日本語の危機とも言える事態が襲っている。 と同時に、語彙力が貧困になった現代人たちは(特に子どもら)自身でものを考え出す創造力を失い、 自己表現もできず、自分で自分が分からなくなり、ついには「キレル」者も多い。 |
| 他方、受験秀才たちはどうかと言えば、彼らにもまた、問題が見られる。彼らが幼い時からしている(させられている) あの長文読解問題が要因の一つであろう。何故なら、入試問題を筆頭とするあの長文読解問題は付された設問に対して、 解答者自身の主張やら解釈やらをしてはいけないことになっているからである。自己主張をして良いのは、むしろしな ければいけないのは、近時増えつつある小論文においてである。 そうした問題を幼いときからやればやるだけ、自分の頭で考えることを無意識のうちに制御し、無から有を生み出すこ との出来ないロボット人間をつくり出すだけだ。 |
| 大学の教授連も今時の大学生の読書量の少なさに起因する語彙の少なさ、自己表現力の欠如等に鑑み、AO(アドミッ ション・オフィス)入試や小論文や面接を採り入れている傾向にあることは、それらの危機感を裏付けるものであり、 歓迎すべきトレンドである。こうした、危うい日本の状況を見るに見かねて今回、JQ推進本部を立ち上げ、全国に 日本語の復権、読書の復権、そして、日本人のもつ繊細で深遠な"こころ"(EQ)を取り戻さんと声高らかに提唱す る次第である。 |
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| ・JQの意義 |
| 言語を知ることで人は万物の霊長たる能力を獲得する。母国語は常にその国家民族の素質、性格、能力を 構築してきた。日本人が優秀なのは日本語の素晴らしさによる。特に漢字は世界一の言語だ。音と意味と形を同時に表 し、左脳と右脳とに働きかける。 ハーバード大学の教授も発表した如く、中国人と日本人が世界でも有数の優秀性を認められた所以は他な らぬ"漢字"のお蔭であると言えよう。 ただ、中国を日本が凌いでいる理由の一つには"かな"文化があり、漢字・かな混じり文が日本語及び日本 人の繊細・優美な精神性を表記したことを忘れてはならない。言ってみれば日本民族の気高き文化遺産とも言ってよい。 JQ―――それは日本語力、ことばの運用能力、つまり、"読む、聴く、書く、話す"力、あるいはそれらの探求を我々 が指す造語である。Japanese Quotient or Japanese Questの略語である。 |
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自らの国家の言語理解や、古今東西の偉人達の叡智を 我がものとせずして、真の人間力は育たない。 |
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人生を生きていく上で知識が必要です。 しかし、 知識だけでは足りません。 智恵が必要です。 けれども、 知識と智恵だけでも生き抜くことは出来ません。 蛮勇は困りますが、勇気が必要です。 体力、胆力、判断力、創造力、脳力が必要です。 他人へのいたわり、思いやり、やさしさ、愛が必要です。 好奇心、やる気、集中力、持続力が必要です。 信念、気迫、積極、情熱、強さが必要です。 礼儀、礼節、謙虚さ、素直さ、勤勉さが必要です。 志の高さとそれを追究し、断行する不断の努力、汗、元気、忍耐 大きな夢と浪漫が必要です。 |
| それらは学校や塾の受験勉強だけでは、なかなか身につきません。 その証拠に古今東西の成功者達の如何に多くが学歴の貧困なることか。 我々は幸い、彼らの後に生まれた現代人です。 本来、自分自身で体験し、失敗し、悩み、苦しみ、試行錯誤してつかむはずの 成功への最短コースを我々は唯一手にすることが出来る手段を持っています。 それは、"読書"です。 日本のみならず、世界中の、また、現代のみならず過去の成功者たちの生き方、考え方、行動の仕方を学ぶことができます。 それらには一定のルールとパターンがあることに気がつくでしょう。 それを読み、理解し、我が血や肉とすれば、こんな素晴らしい、こんな有意義なことは他にないでしょう。 それをベースに踏み台として、明日の自分の行くべき道、今日の悩みの解決法を判断すればきっといい結果が待ち受けていることでしょう。 歴史や過去が証明してくれているんですから。 |
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| ・読書の持つ力 |
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語彙力 論理展開 心理把握 人生の生き方 試練・困難との向かい方 and so on の習得 |
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